タンパク質の化学修飾を基盤としたケミカルバイオロジー研究 ~高反応性化学種を用いたタンパク質の化学修飾~
タンパク質と低分子化合物の間に共有結合を形成させる技術(ケミカルラベリング)は、近年盛んに研究されている抗体薬物複合体などのバイオ医薬分野の創薬科学や、タンパク質を基盤としたバイオマテリアル創出に必要不可欠な技術です。タンパク質ケミカルラベリングを達成するには、水中、中性付近pH、37℃以下の温度で、迅速に、特定のタンパク質構造と共有結合を形成する反応を開発する必要があります。即ち、通常の有機化学反応開発とは異なるアプローチ・着眼点からの研究が求められます。我々はこれまで特異的な修飾が困難であったタンパク質構造中のチロシン残基をラベル化することに挑戦しています。
1.チロシン残基特異的な化学修飾法の開発と応用
タンパク質の化学修飾による機能化はタンパク質を変性させない温和な反応条件で行う必要があり、これまでのタンパク質機能化研究に使用できる有機化学反応はごく一部の求核‐求電子反応に限られていました。それによって高い信頼性で修飾可能なアミノ酸残基は天然に存在する20種類のアミノ酸残基のうちわずか2種類のみ(リジン残基、システイン残基)であるという現状があります。近年ではそれ以外の18種類のアミノ酸残基を標的とした研究が世界的に盛んに行われています。そのような背景の中で、我々はラジカル反応を用いたチロシン残基の修飾法を開発してきました。温和な反応条件で活性化できるラジカル反応条件、修飾剤のデザインと酸化還元電位の評価に基づく論理的なチロシン残基修飾条件の設計を通じて、チロシン残基に特異性を示しつつ、反応の効率面で世界最高クラスの手法を見出すに至っています。
ACS Chem. Biol. 2015, 10, 2633
ChemBioChem. 2017, 18, 475
Bioconjate Chem. 2020, 31, 1417
Org. Biomol. Chem. 2020, 18, 3664
2.光触媒によるラジカル的タンパク質化学修飾法の開発
光は動物細胞への影響が少なく、容易に制御可能な外部刺激であり、光を使ってタンパク質上での有機化学反応を制御する手法(光親和性標識法)はケミカルバイオロジーの研究分野で汎用されています。しかし、侵襲性のあるUV光を必要とする、反応効率が悪いといった問題点があり、光により操作可能な生体環境でも機能する優れた有機化学反応の開発が望まれています。我々は有機金属錯体Ru(bpy)3を光レドックス触媒として活用し、455 nm LED光のような可視光刺激を外部刺激としたラジカル的タンパク質ラベル化反応を触媒周辺環境で選択的に誘導できる光触媒-近接標識法を開発しました。細胞内でも利用できるラベル化手法、従来の光親和性標識法に比べて優れた反応効率を有する標的選択的ラベル化法、触媒近傍のナノメートル(nm)単位でラジカル反応の有効距離を調節できるというラベル化方法論の新規概念を示してきました。
Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 8681
Bioconjugate Chem. 2015, 26, 250
Chem. Commun.2017, 53, 4838
Chem. Commun. 2018, 54, 5871
Chem. Commun.2019, 55, 13275
Chem. Commun. 2020, 56, 11641
3.一重項酸素を駆使したタンパク質ヒスチジン残基修飾法の開発
一重項酸素は光触媒への光照射によって、酸素分子から生じる高い反応性の活性酸素種です。一重項酸素は短寿命性(マイクロ秒単位)の高反応性活性種であり、触媒周辺のナノメートルスケールの近接空間で選択的にタンパク質を酸化することが知られています。私たちは、一重項酸素とヒスチジン残基が反応して生じる求電子性の中間体を求核剤によって捕捉するという戦略を取りました。独自に開発した求核剤により、生理的pH条件下、迅速(~数分)かつ効率的に、ヒスチジン残基を修飾することに成功しました。また、光触媒をタンパク質の特定の部位に近接させることで、部位選択的なヒスチジン残基が可能であると考え、抗体のFc領域選択的な化学修飾に応用しました。磁気ビーズ表面に抗体のFc領域と結合する分子と光触媒を修飾し、磁気ビーズ上の反応場で抗体を修飾することで、部位選択的にヒスチジン残基を化学修飾することに成功しました。
J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 7726
東北大学学際フロンティア研究所 佐藤伸一研究グループは2020年4月にスタートしたばかりの研究グループです。
我々独自の技術に立脚した研究を進め、創薬化学研究、生命現象解明研究に展開します。上記以外にも、以下に示す独自の発想に基づく研究や、研究コラボレーターである石川先生(メンター教員)、友重先生をはじめとする生命科学科教員、学生さんと一緒に、以下の研究を進めています。
● タンパク質の変性度・凝集を定量する方法の開発
● 抗体関連分子の革新的機能化手法の開発
● 細胞内タンパク質の挙動を制御・観測する手法の開発